これが名門時津風?

人が一人死んでいるのに、遺族に対して「何とも言いようがない」・・・

これが名門時津風のコメントですか。

「北天佑さらば」でも書きましたが、相撲はあの頃ちょっと見ていた程度です。それでも時津風と言えば一門の一角を占める名門ということくらいは知っていました。

しかし、同じくその一角を占める高砂の横綱(というより親方?)の情けない姿が流れていたばかりです。

時津風と言えば、連勝記録を持つ最強横綱説もある双葉山ゆかりの部屋のはず。処分を待たず、その器ではない者は身を引くべきでは。

こちらをご覧いただいている方の方が私よりよく覚えていらっしゃるのではないでしょうか。私がうっすら覚えているのは輪湖時代からですが、今の力士と違ってほとんどインタビューの受け答えがなかったように思います(答えないからまともにインタビューしていなかった?)

輪島ファンだった口の悪い父が、自分の調子を親方に応えてもらう北の湖を横綱とはいえないと言っていたのをむしろ覚えています。

右から強烈に絞って輪島や貴乃花を堂々と破っていながら、横綱に対して座布団が飛んでいた・・・その光景が今重なります。

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